「東証1部上場」がなくなる? 【企業の対策編】

東京証券取引所は、2022年4月に「東証1部」「東証2部」などの市場をなくし、新しい市場区分を取り入れることになっています。東証の再編シリーズ第3回目は、市場再編に向けた上場企業の対策について説明します。

「プライム」に移行できない東証1部企業は、約3割

東証は2021年7月9日、市場の再編に向けて、各上場企業が2021年6月末時点で「プライム」「スタンダード」「グロース」のどの市場の基準を満たしているかを、企業に通知しました。プライム市場の基準を満たしていない企業は664社。東証1部銘柄の約3割です。

この時点で基準をクリアできなかった企業には、二次判定を申請する機会が設けられています。二次判定で基準に達していないと判断されても、当面の間は、経過措置(緩和された上場維持基準)を受けて、プライム市場には残れます。この場合、改善するための計画書及び進捗状況を提出する必要があります。

「プライム」の壁は、株式の流動性

2020年末には、東証から3つの市場の上場基準が発表されていました。中でもネックになっているのは、流通株式の時価総額が100億円以上で、流通株式比率が35%という流動性の基準。この壁を超えなければ、プライム市場に残れません。

流動性の基準が厳しいのは、上場企業に高いガバナンスを求めるため。流通株式は、基本的には自社と関係のない株主の保有分です。投資の魅力がないと判断すれば株は売られ、株価は下落。企業価値が低くなります。

流通株式比率を高めることで流通株主による監視を機能させ、経営の透明性を保つことが東証の狙いです。

プライム市場は「これまでの東証1部に代わる市場」と表現されることも多く、基準を満たさない企業は、「なんとしてでもプライム市場に残りたい」と、流動性の向上に取り組みました。

では、流動性を高める対策として、どのような取り組みが行われたのでしょうか。

大株主による株式売り出し

創業者や親会社などの大株主が保有する株式や、取引や提携の関係維持目的で保有する持ち合い株式は、固定株と呼ばれます。流通しない株式です。

プライムの上場基準ギリギリの企業では、基準をクリアするためと見られる、創業者やその関係者などによる株式売却が相次ぎました。親会社が大株主になっている企業でも、親会社が子会社の株式を手放すケースが報じられました。

また、関係維持のための株式持ち合いも、お互いの流通株式比率を下げる一因。持ち合い解消売りも加速しています。

これらのように、これまで固定株だった株式が売りに出されて市場に出回ると、その分、流通株式比率が高まります。

自社株の消却

株式投資をする人なら、「自社株買い」という言葉はなじみがあることでしょう。上場企業が自社の株式を買い入れることを自社株買いといいます。保有したままの自社株は「金庫株」と呼ばれます。流通しない株式です。

金庫株を、資本に活用するわけでもなく、ただ持っているだけなのであれば、貸借対照表上から消し去った方が流動性を高めるためには効果的です。自社株の消却です。自社株を、帳簿の上で、資産と資本の両側からなくすのです。分母となる発行株式数が少なくなり、流通株式数が同じままならば、流通株式比率が大きくなります。この処理で流通株式比率35%以上という基準がクリアできれば、プライムに移行できるというわけです。

上場をやめるという選択も

2021年は、上場廃止企業が急増しています。1月から9月末までの9カ月間で、東証の上場廃止企業は77銘柄(うち東証1部は35銘柄)。2020年は年間を通して56銘柄(同27銘柄)、2019年は41銘柄(同21銘柄)でしたから、9月時点ですでに前年や前々年の1年分を上回るペースです。

77銘柄のうち、債務超過や内部管理体制の問題などで上場廃止になった例は3銘柄。ほとんどが親会社の完全子会社化、MBO(経営陣による買収)、経営統合など、意図のある非上場化です。

上場をしているとコストがかかるうえ、常に株主による監視にさらされます。第三者による買収の可能性もあります。東証の再編でガバナンス面が厳しくなるのなら、これを機に上場という形にこだわらず自由な経営をしたい、という企業が非上場という道を選びました。

それまで流通していた株式を、ファンドなどを通じてその企業の経営者が持つようにすることをMBO(経営陣による買収)といいます。外部からの出資を受けずに、経営に関わる者が株主になるため、経営側の思うように事業を行うことができます、

親子上場の解消やグループ再編

また、親会社の完全子会社になり、上場をやめる企業も続出しています。最初の例で、大株主である親会社が、株式を売却して持ち分を減らし、流動性を高める説明をしました。こちらは逆に、親会社が流通している株式を全部買い取ります。

親会社と子会社の両方が上場しているケースを、親子上場と呼びます。

日本は海外に比べ、親子上場の企業グループが多く、企業統治の面で課題とされていました。大株主としての親会社の利益が優先され、少数株主の利益が損なわれかねない、という問題を抱えていました。

東証に海外の投資家の資金を呼び込むためにも、これは解決すべき問題だったのです。東証は、プライム市場に厳しい基準を設けて、日本企業のガバナンス向上に期待しています。

また、親会社の下に複数の子会社が上場している企業グループは、グループ内の再編が促されました。子会社の重複する事業を合併、併合したり、手放したり、持ち株会社化にしたりするなどして、経営効率改善の後押しになっています。

厳しい基準によって、企業価値の向上へ

断っておきますが、東証の市場再編は、東証1部からプライムに移行するにあたっての「ふるい落とし」ではありません。それぞれの企業が、身の丈に合う最も適した市場で、企業価値の向上に取り組めるようにするためです。

再編後のプライム市場は、第1回目【背景編】でご紹介した市場のコンセプトや、第2回目【上場基準編】の基準を見て頂くとお分かりのように、機関投資家などの厳しい株主の声に対峙しなければなりません。

プライム市場の基準を厳しくした結果、上場企業の企業統治の意識が高まったことは、株主として歓迎すべきでしょう。また、結果的に企業グループ内の経営統合などが促され、事業の効率化が進み、競争力の強化につながるとも考えられています。

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